先日の日曜日のこと、町内会の
主催にて、コミセンで落語独演会
当初の40席から急いで10席ほど
追加しました。
さて、尺が足りないので、、、
今回は”鳴海の昔話し”を少々。
これは鳴海宿の”古絵図”ですが・・
AIでカラー化したら、見易くなりました。
日本橋から数えて、40番目の宿場。
街道筋に連なる松並木は、昭和30年代頃
まで確かに現存し、見覚えがあります。
こちらは成海神社。
AIでカラー写真にして貰いました。江戸初期ごろでしょうか、、前方の
薬師山はまさしく”山”です。
”砦の松”です。
6~70年ほど前に落雷で枯れ、いま
は2代目が植わっています。
「♪ああ古の鳴海潟 今は文化の波寄する
砦の松に澄む月の 光にこころ磨きなん」
っと、鳴海小学校校歌を覚えています。
当時は、歌詞の意味が全く解らぬまま、
事あるごとに歌っていました。
『我が町は戦場だった』
善照寺砦を、桶狭間から眺めた
画像ですが、天下分け目とも云え
る合戦は、466年前のこと。
この空間、、、
桶狭間と善照寺砦の間は、軍記もの
等によると、当時は湿地帯だったと
のことですが・・。










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