2026年11月5日木曜日

落語公演と鳴海旧記

11月5日(木)曇り。

先日の日曜日のこと、町内会の
主催にて、コミセンで落語独演会
が開催されました。
開演前に、役員にて会場の設営
をしました。
回覧板などでの告知では、反応
がイマイチ。で、入りの心配を
したのですが・・
会場は満席!
当初の40席から急いで10席ほど
追加しました。
出しものは、、、
”こぶとりじいさん”と”みどりの窓口”
の2話1時間ほど。
皆さん、楽しんでおられました。

さて、尺が足りないので、、、
今回は”鳴海の昔話し”を少々。

これは鳴海宿の”古絵図”ですが・・
AIでカラー化したら、見易くなりました。
日本橋から数えて、40番目の宿場。
街道筋に連なる松並木は、昭和30年代頃
まで確かに現存し、見覚えがあります。
こちらは成海神社。
AIでカラー写真にして貰いました。
江戸初期ごろでしょうか、、前方の
薬師山はまさしく”山”です。
セピア色のこの写真は、善照寺砦の
”砦の松”です。
6~70年ほど前に落雷で枯れ、いま
は2代目が植わっています。
「♪ああ古の鳴海潟 今は文化の波寄する
砦の松に澄む月の 光にこころ磨きなん」
っと、鳴海小学校校歌を覚えています。
当時は、歌詞の意味が全く解らぬまま、
事あるごとに歌っていました。
『我が町は戦場だった』
善照寺砦を、桶狭間から眺めた
画像ですが、天下分け目とも云え
る合戦は、466年前のこと。

この空間、、、
桶狭間と善照寺砦の間は、軍記もの
等によると、当時は湿地帯だったと
のことですが・・。

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